男はつらいよ 柴又慕情

この第9作は、1972年9月6日鑑賞と記録が残っていた。印象度が高い作品の一つだ。 軒の下に大きな燕の巣のアップ。「帰って来て、巣が無かったら可哀想」の台詞が、寅さんにオーバーラップして来る。巧いツ!。
同じとらやの軒先に「貸間在り」の吊り札が揺れている。これが織りなす軋轢は何時もの通り。
おいちゃん役が、松村達雄に替わった。最初は違和感があった。そのうち慣れてくることだろう。満男がまた大きくなって、沖田康浩という子役がキャストの一隅にその名を連ねていた。
当時の銭湯代金は40円だったと分かる。この時代考証の確かさ。「割り箸の柱。煎餅の壁」…。捨て台詞を残して寅さんが赴いた先は北陸路。 かって私も時々旅した所だけに、親近感が甦るよう。寅さん映画はやはり旅の場面が優れていると印象度が高くなる。
金沢で逢った三人娘と記念撮影。普通、写真の撮り手が発する言葉「チーズ」を撮って貰う側の寅さんが「バター」と言った。三人の乙女は大笑い。
よくお世辞にもお上手とは云えぬ漫才を聞いていると、無理に笑わせようとする雰囲気を感じる時がある。
寅さんの笑いは、その人徳が発する自然の笑い。映画の観客までが同期して笑ってしまう魅力がある。

そんな笑いが取り持つ縁で、金沢→福井(東尋坊)と、奇妙な一男三女の旅は続く。何処までも明るく、軽快に流れるヨハン・シュトラウスの“♪美しく青きドナウ”。これがまた、旅の醍醐味を満喫している四人に覆い被さる。
高羽哲夫の撮影。山本直純の音楽。レギュラー・コンビの息がピッタリと合う瞬間である
そのような旅は終わった。「ゴ~ン」と一突き、帝釈天の鐘が響く。「今日も彼女は来なかったか…」そっと呟く寅さん。夕焼けに染まる葛飾柴又帝釈天。風景とのシンクロが実に素晴らしい。
“花と鼻”の同音異語で笑わせる機知も秀逸。
庭にカンナの花が咲いている。縁側の風鈴がチリンチリンと風に揺れている。
いろいろあって日が暮れて、「流れ星の多い晩だね」。その後暫く、ノー台詞で心情を吐露する渥美清。この演技力の冴え。
ポツリと、「あんな雲になりてえよ」。「また振られたか」のツィットを残しつつ、余韻タップリに第9作は終わりを告げてゆく。
【私の評価】シリーズの中でも優れた作品です。
【私の好み度(①好む。②好む方。③普通。④嫌な方。⑤嫌)】→①。
1972年(2012/2/9TV録画観賞=再見).日(松竹)[監督]山田洋次[撮影]高羽哲夫[音楽]山本直純[主な出演者★=好演☆=印象]★渥美清。★吉永小百合。☆宮口精二。倍賞千恵子。前田吟。松村達雄。三崎千恵子。太宰久雄。笠智衆。佐藤蛾次郎。沖田康浩。津坂匡章。高橋基子。泉洋子[上映時間]1時間48分。
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