男はつらいよ 寅次郎恋歌

人生茲に80年。来し方行く末をよく考える。折しも今日の購読紙に「例えその通りには行かなくても、何歳まで生きるか目標を立てれば、何をやるべきかが決まる」云々の記事があった。考えてみたい。
眼を映画の世界に転ずれば、「愛染かつら」(1938年)から、「八日目の蝉」(2011年)に到る73年間。その価値観の変遷には眼を見張る。誘拐した子供に愛を注ぐ犯人像ワールドからは、前者のシンプルな世界は見ていられないかもしれない。
無理もない。世は複雑怪奇と化しつつある。完全に男女同権の世界と相成った。良い事である。そのリアクションが少子高齢化への道ではないだろうか?。
決して昔を賛美するに非ず。さりとて今を貶すのでもない。変わらぬは悠久たる時空の流れ。四半世紀を超え、世界最長の映画シリーズとして、ギネスブックに燦たる寅さんシリーズを順番に見ていると、人生の何たるかを考えさせられる私。そして、その時々の人間模様と、悠久不変の大自然との見事なハーモニーに感歎の声を挙げる私が居る。
さて始まってまだ間もないこの第8作。「あんまり勉強しないとトラのようになるよ」に憤慨する寅さんで始まる。「あこで野菜買うな」。「兄さんは何一つ悪い事はしていない」。相も変わらぬ善良なる兄とその妹だ。世の中には仲の悪い兄弟も居るだろうが、兄弟姉妹は斯くあるべきと何時も教えているように思える。
妹婿の母親が亡くなった。葬儀のあと。三人兄弟の言い分が見所。家長制度から核家族化する中で、肉親の絆の緩みを捕らえて余り無い。博の言葉に迫真力あり。残された父親の心情を志村喬は無言で演じ見事なり。
傍らをシリーズで何時も登場するSLが通り過ぎる。時の移り変わりを象徴するが如く。木々や家々の黒いシルエット。背後には見事な夕焼け。あかね雲。
大自然の前には極めてちっぽけな人間だけど。「一人で生きていきたい」。「天命に逆らっちゃいかん」。志村喬の言葉を、その後に反映させる寅さん。和製チャップリンが茲でも見られる。
今回のマドンナ池内淳子のコーヒー店に、一人で入る勇気に欠けて、妹をだしに入る寅さんが笑わせる。そんな兄の空っぽの財布に、そっとお札を入れるさくらが麗しい。
池内淳子の内気な子供を元気づける寅さん。そんな寅さんの為に給食のパンを食べずに持って帰る子供。今度こそ結ばれると思ったんだけれども…。
柴又を訪れた志村喬と、おいちゃんの会話に味がある。インド古代哲学…。「いい月ですね」。
【私の評価】可成り上位の佳作。
【私の好み度(①好む。②好む方。③普通。④嫌な方。⑤嫌)】→①。
1971年(2012/2/8TV録画観賞=再見).日(松竹)[監督]山田洋次[撮影]高羽哲夫[音楽]山本直純[主な出演者★=好演☆=印象]★渥美清。☆池内淳子。★志村喬。★倍賞千恵子。★前田吟。森川信。三崎千恵子。太宰久雄。笠智衆。佐藤蛾次郎。吉田義夫[上映時間]1時間54分。