ブラック・スワン

バレエ音楽で大きくロシアに貢献したチャイコフスキー。彼の三大バレエ音楽の中では、クリスマス・イヴの幻想も豊かに創り上げた「くるみ割り人形」が一番好きだ。
が、中世期ドイツの白鳥伝説に基づく「白鳥の湖」は押しも押されもせぬ屈指の名作である事は論を待たない。
湖畔で王子が射ようとした白鳥は魔法に掛かった王女だった。魔法を解ける者は彼女に真の愛を捧げる王子のみ。王女生き写しに娘を仕立て婚約させる悪魔。湖に投身する王女。後を追う王子。
哀しい全三幕だが、映画はその第二幕。二人が出逢う湖畔の“情景”を、ロ短調4分の4拍子のもの悲しい旋律に合わせ踊るニナに焦点を当てる。
ポーズ==静止。パ=動き。マイム=黙劇。バレエの三大要素を頭や手足で白鳥を表現する君は天才的。だが悪魔の娘黒鳥役は臆病だ。振付師ルロイは厳しく迫る。
こういう類の映画は、1980年代に続出した。「コーラスライン」「ファーゴ」「フラッシュダンス」などだ。この映画もそれらに劣らぬが、ニナに自慰まで強いるルロイには吃驚。こういう類の現代映画の価値観は最早や不変か。昔気質の私は好まぬが。
美しい花も何時かは枯れる。ニナの母も元ダンサーだった。「歳を取ると哀しい事が多くなるのよ」の言葉を残し引退するベスの脊に「黄昏」(1951年)で、老いゆく心境をひしひしと伝えた名優ローレンス.オリヴィェが被さった。
彼女の後を狙うニナの最大のライバルは、大胆な黒鳥を演じるリリー。彼女の大胆な官能表現も上述と同様。だが現代映画を見続けて来ると怖ろしいもの。今や慣れてきた感もある。
ということで、バレエ場面をふんだんに見せる中で、人間の確執や葛藤を描いてゆく。
が、そういう類の映画なら、 愛と恩讐の狭間に生きる人間を描き、誰にも訪れる人生の黄昏時にも決して慌てることのない生き方を為し得るかを考えさせて呉れた「愛と喝采の日々」(1977年)が上位と思う。
この映画の特徴は人間ドラマでもあり、現実と幻想が交錯するファンタジアの匂いも発散させていることかな?。
いや、そういう類の映画なら、現実と架空の世界が交錯し、色彩豊かな幻想美に酔いしれた「赤い靴」(1950年)の方に軍配を挙げたくなる。
などなど思い馳せる中で、日を追って酷くなってゆくニナの背の傷を眺めつつ、アッと驚くラストに到る。そうか、これはサイコ・スリラー・サスペンスではなかったのか。と、、。
いろいろ迷わせて呉れたニナであった。そんな彼女を演じたナタリー・ポートマンには一目置かざるを得ない。
【私の評価】可成りの意欲ある佳作。
【私の好み度(①好む。②好む方。③普通。④嫌な方。⑤嫌)】→④。
2010年(2011公開)(2012/5/9TV録画観賞=初見).米(FOX)[監督]ダーレン・アロノフスキー[撮影]マシュー・リバティーク[音楽]クリント・マンセル[主な出演者★=好演☆=印象]★ナタリー・ポートマン。ヴァンサン・カッセル。ミラ・クニス。バーバラ・ハーシー。ウィノナ・ライダー[原題]BLACK SWAN[上映時間]1時間48分。