蜂蜜

“名月をとってくれろと泣く子かな”という一茶の名句を思い出させるショットがある。ユスフ少年は水面に映る月を掬おうとする。当然、月はゆらゆら揺れるのみ。
斯くも純心なればこそ、彼は時々吃音になるのだろうか。が、学校では、先生が宿題をしてきたかを調べにやって来るその直前に素早く、隣席の友だちのノートとすり替えるような行為もやらかすのだ。
それには理由があった。ということが、少し前の1カットとユスフの表情から分かる。極端に台詞も少ないこの映画の中で、このような少年を演じるボラ・アルタシュ。
「シェーン」のブランドン・デ・ワイルド。「チャンプ」のリッキー・シュロダー。「汚れなき悪戯」のパブリート・カルボ。「黒い牡牛」のマイケル・レイ。「禁じられた遊び」のジョルジュ・プージユリー。
過去の名少年役の顔が次々と浮かんで来る中で、彼も彼等に優るとも劣らぬ名子役だと実感させられる。
そういえば音楽も皆無であるこの映画。トップカットの後、暗闇画面にBALと出た。これは見慣れぬスペルだ。多分トルコ語で蜂蜜か。そういえばトルコ映画を観るのは初めてだった。
このトップカットが重要な意味合いを宿すこの作品。舞台となるトルコの山村の自然は、そこに住む素朴な人々を優しく包む。そして、地味ではあるが、何物かを考えさせる。
同じ年頃に父を亡くした私は、ユスフと完全にシンクロナイズしていた。父と子の情愛が中核を形成すると思った。
暗闇画面に再び現れ終わりを告げたBAL。これはセミフ・カプランオール監督の「卵」「ミルク」と共に三部作を形成していると後で知るに到る。「蜜蜂」の最終的な所感は、これら全3作を鑑賞した暁に出したいと思う。
【私の評価】思考の世界に誘導させるような佳作。
【私の好み度(①好む。②好む方。③普通。④嫌な方。⑤嫌)】→③。
2010年(2011年公開)(2012/6/2TV録画観賞=初見).土耳古/独[監督]セミフ・カプランオール[撮影]?[音楽]…[主な出演者★=好演☆=印象]★ボラ・アルタシュ。エルダル・ベシクチオール。トゥリン・オゼン[原題]BAL[上映時間]1時間44分。