男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋

この第29作は見どころが多い。
①寅さんシリーズ恒例、冒頭の寅さんが見る夢。それが本編と関連しているのは何時もの通りだが、今回は特に密接。印象づけが深い。
さくら夫婦と一人息子が暮らす貧しい一家に、これまた貧しそうな男(寅さん)が一屋の宿を乞う。自分たちが食する筈だった夕飯を馳走する一家。翌朝破れた襖に雀の絵を描いて立ち去る男。なんと雀は折りに触れ絵から飛び出す。
さて本編では、人間国宝の陶芸家が親切な寅さんに贈った茶碗が、その雀に相当する。
何事に於いても、見掛けだけで価値観を決めるものではない。との教訓が脈々と流動するのを感じ取れた。
②これまた恒例の寅さんの失恋。以前に浅丘ルリ子篇を激賞した覚えがあるが、本編に於けるかがりと寅さんの恋も出色。
「釣りバカ日誌」や朝ドラ「ええにょぼ」に登場した伊根の漁村。私も訪れたことがある懐かしい所だ。
此処で宿賃の無い寅さんを泊めるかがり。その一夜の内面的な描写は本格的恋愛映画に優るとも劣らぬ。
渥美清が台詞なしで演じる一瞬の表情。
かがりに扮するいしだあゆみが内面から発散する艶やかさ。
③といっても本命は喜劇。失意の内に戻った寅さんが、両手も遣って階段を登り降りする面白さ。表面的な姿ではなく、その心境吐露が秀逸。

④冒頭の葵祭や、先斗町の茶屋。紫陽花で有名な鎌倉の寺。高羽哲夫の撮影は優美。題意は此処から来たのだろうか。
アジサイの花言葉は、「移り気」「高慢」「辛抱強い愛情」「元気な女性」「あなたは美しいが冷淡だ」「無情」「浮気」「自慢家」「変節」「あなたは冷たい」。
ろくなものがない(笑)。さしずめ「移り気」は、かがりを裏切った陶芸家の一番弟子。「あなたは冷たい」は、彼との恋に破れたかがりに適応する。
が此処は、「辛抱強い愛情」で終わるかがりで締め括りたい。
⑤陶芸家の二番弟子。柄本明の若いこと。
【私の評価】全48作終了時点で企画予定のMy寅さん映画Best10の有力候補作。
【私の好み度(①好む。②好む方。③普通。④嫌な方。⑤嫌)】→①。
1982年(2012/6/4TV録画観賞=再見).日(松竹)[監督]山田洋次[撮影]高羽哲夫[音楽]山本直純[主な出演者★=好演☆=印象]★渥美清。★いしだあゆみ。☆片岡仁左右衛門。☆柄本明。山正種。倍賞千恵子。前田吟。☆吉岡秀雄。下条正巳。三崎千恵子。太宰久雄。笠智衆。佐藤蛾次郎[上映時間]1時間50分。