女性の勝利

ぼうぼう…と聞こえる超低音域の音が絶え間なく続く。傷ついた古いフィルムが回る音だ。モノクロ映像には雨が降っている。「春雨じゃ濡れて行こうぞ、、」てな呑気なことを言ってる場合じゃない。と、、。
「お姉様のような人が居るから女は何時まで経っても駄目なのよ!」。突然、痛烈な台詞が耳を突き刺した。敗戦という大きな代償で得た民主主義がそう言わしめたのかもしれない。
それは、素晴らしいと思う反面、些か困惑気味でもあった。多くの人々にとってはそうだったかもしれないと推察はしたけれど、、。どうかな?。
戦時中は忠君愛国を唱えて来た先生方も、「この教科書の○ページ△行目から□行を黒く塗りつぶしなさい。次は○○ページの……」と、戸惑い気味に言ってたっけ。
私事乍ら、中には私たちロー・ティーンの生徒に10月下旬頃まで体育の時間で銃剣術をやらせた不逞の教官が居た。最早や時効だから言おう。それはジャバラという渾名の馬鹿教官だった。
そんなジャバラ以上の馬鹿検事が此の映画に登場する。君の名は河野周一郎。姉婿でもある彼に対し、火花散る論陣を張る一方の雄が、女弁護士、細川ひろ子。
二人の論戦シーンは此の映画のテーマを象徴していて白眉。検事の独断と偏見に憤りを覚え、弁護士の反論に共振。素晴らしい盛り上がりを見せる。
ただ一点、気になること。それは私の邪推かもしれぬ。当時の占領軍当局の民主主義普及政策の匂いが背後に散らつく気配を感じないでもないこと。
それがどうと言う訳ではない。言いたいのは、もしそうだったら映画芸術としての作品価値を下げはしないかと言うこと。私の思い過ごしであることを望みたい。
ネタバレせぬよう細かい描写は避ける。ただ当時の雰囲気を思い起こすと些か懐かしい。肉声とは全く違う人工的な昔の映画館のあの音声。あの音質。ローカルな2番館にやって来るフィルムは傷ついていた。
それにしては、最近放映された「東京五人男」「二等兵物語」「エノケンのちゃっきり金太」は、画質が鮮明だった。元のフィルムは酷い筈。現にリアルタイムで「東京五人男」を観てきた私。それだけは確信を持って言える。
あれから六十有余年。映画は白黒からカラー。スタンダード・サイズからワイドスクリーン。CGから3D。アナログからデジタルへ。 戦後は遠くなりつつある。
ロンドン五輪と阪神Tigersに一喜一憂している今の平和。感謝すると共に、勿体なくも思う。
ジャバラ先生、暑さに戸惑う不埒な発言を何卒お許し下さい。
それから上述した私の邪推も間違っているかもしれぬ。監督が巨匠溝口健二氏。脚本が、小津映画でお馴染みの野田高梧氏と、反戦の雄だった新藤兼人氏の共同によるものであるから。
【私の評価】意欲盛られた佳作。
【私の好み度(①好む。②好む方。③普通。④嫌な方。⑤嫌)】→③。
1946年(2012/7/30TV録画観賞=初見).日(松竹)[監督]溝口健二[撮影]生方敏夫[音楽]浅井挙曄[主な出演者★=好演☆=印象]★田中絹代。☆桑野通子。高橋豊子。内村栄子。★松本克平。徳大寺伸。三浦光子。[上映時間]1時間34分。