硫黄島からの手紙

太平洋戦争当時、銃後にあって衝撃を受けた言葉は「玉砕」である。最初にこの言葉が新聞に発表されたのは、1943年、山崎部隊長以下アッツ島守備隊の玉砕であったと記憶している。その翌年、硫黄島守備隊の玉砕が報ぜられた。この映画にも出てくる栗林忠通中将の「国の為重きつとめを果し得で 矢弾尽き果て散るぞ悲しき」が今も忘れられぬ。
この映画には当時の銃後も出てくる。「この家は非国民の家だ」と言って、憲兵が其処の飼い犬を殺す場面がある。犬を殺すことが出来なかった清水(加瀬亮)は憲兵の資格を略奪され硫黄島に追いやられる。
其処は犬以上に人間が殺される修羅場であった。「体験の無いものは撮れない」と、かって黒澤明監督が言ったと伝えられる「戦争」を、クリント・イーストウッド監督は『父親たちの星条旗』に続いて撮った。而も殆ど日本人の出演者で。アメリカ映画なのにスーパーインポーズが出ない。日本語ばかりだから当然。
アメリカでは英語の字幕が出るのだろうなぁ。これほど旧敵国の日本に理解を示したアメリカ映画は無い。其処にあるのは戦勝国、戦敗国に拘らず、ただ「戦争の無意味さ」を訴える。日本映画であれば、ややもすれば雄々しく反戦を唱え過ぎたり、感傷的になる可能性を秘める危険性を少なからず含むと思う。
アメリカ人が創ったればこそ、この映画は成功したのではないか。時間経過に乏しいとか、銃後の時代考証に変なショットが見受けられるとか、小さな事はこの作品にはどうでも良い。この映画はカラー映画であってカラー映画ではない。モノクロ基調に「赤色」を加えた映画だ。
その赤色は爆発の火玉であり血である。流された血に対するリクイエムとして撮影されたということがよく分かる映画である。「二度あることは三度ある」と栗林忠通中将(渡辺謙)に言われた西郷(二宮和也)のラストシーンに、今年の言葉「命」を重く感じた映画でもあった。 2006年アメリカ映画[監督]クリント・イーストウッド