千石規子さんを偲びつつ

昨日(2013/1/10)の夕刊の片隅で、千石規子さんの訃報を目にした。記事は、昨年末27日に90歳の天寿を全うされたと告げていた。
八十路を歩む私より10歳先輩。知って居られる方は少ないかもしれぬ。
が、映画出演回数は60本を超えるだろう。日本映画界の貴重なバイ・プレーヤーとして欠かせぬ人だった。
「喜劇 にっぽんのお婆あちゃん」の出演俳優など、名脇役は大勢居られるが、どちらんといえば地味な存在だった。
でも私はその‘ジミーズ’な空気を好む。その少し甘味ある声帯と、平均的日本女性らしい顔立ちと、如何にも庶民的な雰囲気は、周囲の空気を和らげに足るものがあった。
男優では志村喬と三船敏郎。女優では千石規子。黒澤映画にも欠かせぬ人だった。「酔いどれ天使」「静かなる決闘」「野良犬」「醜聞」「白痴」「七人の侍」「生きものの記録」。
「酔いどれ天使」では飲み屋のぎんを演じられた。
松永(三船敏郎)の遺骨を抱かえた彼女が呟いた台詞を私は忘れない。
「6000円の葬式だけでは余りに可哀想」。
思わず涙腺が緩んだものだった。
「静かなる決闘」では看護婦るいに扮されていた。
るいは恭二に聞く。「性欲もあるでしょう」と。その自然な演技は特筆ものだった。それに応えた恭二(三船敏郎)の長台詞と共に。
名脇役ぶりは晩年まで健在だった。
寅さんシリーズ最終作1995年の「男はつらいよ 寅次郎紅の花」では、 リリー(浅丘ルリ子)の母親役を演じて居られた。
老人ホームで暮らす母に、リリーは尋ねる。
「お母さん、一緒に奄美で暮らしてもいいんだよ」と。
千石さんは応える。
「いやだよ。私は暑いところは嫌いだよ」と。
その横顔には深い年輪が刻まれていた。

2007年、「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」で演じられた病院の借家の老婆が出演の遺作となった。
如何にもジミーズな千石さんらしく、こっそりと、嫌な暑いところではなくて、寒い師走の東京の空の彼方に旅立たれた、せんごく・のりこさん。であった。
何卒、安らかにお眠りください。
合掌。