マダムと女房 (1931年)

私が生まれる前年の活動写真である。子供の頃まで映画という言葉は使っていなかった。略して活動と言っていたっけ。「活動見に行こうよ」てな具合で。
あのチャールズ・チャップリンが「街の灯」を撮った年である。彼の有名な山高帽にステッキ姿を真似た渡辺篤が吹く口笛。これまたこの年のフランス映画「巴里の屋根の下」の主題歌ではないか。
「♪~鐘は鳴る(繰り返し)マロニエの木陰道・・♪」何だか嬉しくなってきた。
サイレント映画をこよなく愛していたと漏れ聞くルネ・クレール監督も、様々な映画技法を駆使して後々まで語り草になるトーキー映画に仕上げた年だったのか。
勿論この映画でも、洋画に負けじと名曲「私の青空」を流す五所平之助監督である。この年から22年後「煙突の見える場所」では、4本の煙突を1本にして見せたっけ。
眼を世界に向けながら撮ったその意気込みが、ひしひしと伝わってくる冒頭のシークェンスである。
当然画質は悪い。フィルムに雨が降る。本物の雨(雨漏り)も降ったけど。
それでも銭湯が懐かしい。電報が懐かしい。当時の女の子のおかっぱ姿が懐かしい。そして乳母車も。
まだまだある。アルミのバケツ。お椀型の白熱電灯セード。唐草模様の風呂敷。鰹削り。
たとえその音質は悪くても、田中絹代の声が新鮮に聞こえる。「ねぇ、あなたぁ」。丸髷で前掛け掛けた和服姿が美しい。あっ、このミシン。今も家内が使ってるではないか。
猫の声。赤ん坊の泣き声。ジャズが華やかな旋律を奏でているではないか。
伝わってくる音声(トーキー)への意識。ラストに出た土橋式松竹フォーン。おぉ、かって映画検定に出題されたぞ。
我が国トーキー映画の元祖に、ばんざ~い!。