必死の逃亡者

春の映画シーズンも酣、これはその白眉を飾る問題作だ。平和で幸福な親子4人の家庭が突如三人の脱獄囚に乗っ取られる。恋人や先生が訪ねてきても、平然を装わねばならないもどかしさ。そのような中で、一家団結して彼らを撃退するまでの経過を画く。それは原題(The Desperate Hours)のように、一家にとっても脱獄囚にとっても死に物狂いの時間だった。
直接の力は拳銃を持っている彼らに劣る。あるのは負けじ魂だ。翌日出勤しても妻子が人質のため警察に連絡できぬ父親の心境は如何ばかりか。それでも脱獄囚がある家に隠れていると投書するなど、彼らを退けようと試みる父親だった。彼は子供の危機には敢然と組み付く。出かけるときには「妻子に危害を加えたらきっとお前を殺す」と圧力をかける。
母親も臆病な態度は見せない。気絶したふりをして手に噛みつく娘。隣家に通報しようと窓から飛び降りる息子。やがて警察が関知する。父親は空発のピストルを持ち家に入り悪党を巧く外へ誘き出す。脱獄囚は警察の軽機関銃の嵐に晒された。平和が戻った。抱き合う家族。安心感、疲労感、肉親愛が滲み出る感動的なラストシーンだ。ビリヤード一家に対する賞賛の拍手が聞こえるようだ。
広告文の通り、一瞬といえども緊張の緩むことはない。音楽が殆ど無いが急所急所では盛り上がる。モノクロ・ヴィスタヴィジョンでの撮影もがっちりしている。臨場感満点のウイリアム・ワイラーの演出、個性豊かなハンフリー・ボガートの演技も申し分なし。秀作である。【1956年4月11日観賞記】