1946年(英)[監督]マイケル・パウエル/エメリック・プレスバーガー[出演]デボラ・カー。ジーン・シモンズ(他)

①「黒水仙」の頃の思い出
その頃、エアコンなんて想像もつかなかった。銭湯の脱衣場にプロペラ型扇風機が回る。更に大型機が映画館の天井をゆっくりと廻転していた。
お尻とお尻がぶっかるような浴槽を出て、出向く映画館。立ち見の通路まで人息れ。そんな終戦後だった。
アメリカ映画に負けじと、イギリス映画も映画館を賑わした1940年代後半だった。
「ヘンリィ五世」「逢びき」「落ちた偶像」「ハムレット」「ミュンヘンへの夜行列車」「美女ありき」「大いなる遺産」「第七のヴェール」……。
その殆どの作品。冒頭のロゴは、J・アーサー ランク(左)か、ロンドン・フィルム(右)だったと記憶する。

1950年代も上掲のロゴは続く。ロンドン・フィルム(右)の代表作が、巨匠キャロル・リードの名作「第三の男」(1952年ならば、マイケル・パウエル&エメリック・プレスバーガーのコンビが撮った「黒水仙」(1946年)や「赤い靴」(1948年)は、J・アーサー ランク(左)の代表作ではないだろうか。
このロゴのユニークなところは、上半身裸の筋肉隆々たる青年が、大円盤をハンマーで打った後で、円盤の前面に配給会社名が現れること。→下の画像。

それから作品のオープニング・クレジット…という事になるのだが、現在は、いきなりストーリーが展開。終わると長~いエンド・クレジット…という事になる。
ロゴにしても、20世紀FOXのサーチライト。MGMの吠えるライオン。パラマウントの山頂に煌めく五芒星。など、実にユニークだったなぁ。
②「黒水仙」の感想。
太平洋戦争が終わった翌年に、早こんな映画が作られている。而もカラーで。この映画の特色は、その撮影にあると思う。
当時圧倒的だったテクニカラー。その美しい撮影は驚異的。
例えば、世界の屋根ヒマラヤ山系(下左画像)や、その標高2500mの高地に建つ修道院(下右画像)等。

山岳撮影は現地としても、こんな高地にこんな建造物が?との疑問が生じる。恐らく巨大なセットだろう。それにしても、セットとは思えぬ臨場感が充ち満ちている。
名カメラマン。ジャック・カーディフの撮影だった。なるほどである。彼がこの2年後に撮った「赤い靴」も優美だったし、「裸足の伯爵夫人」(1954年)では、映画館内から拍手が湧いたトップカットの青空を思い出す。
「黒い牡牛」(1956年) のワンショット。子牛の誕生。あの稲妻に揺れる大樹は今も脳裏を過ぎる。他にも「アフリカの女王」(1951)。「王子と踊子」(1957)。「戦争と平和」(1956)等、枚挙に暇がない。?
物語は、「尼僧物語」(1959)と路線を異にする。ハリウッド式のオーソドックスな作りで新鮮味には稍欠ける。
女性優位の映画に華添えんと、ディヴィッドファーラー扮する英国人男性を絡ませている。これが返って作品レベルを下げている感もある。
テーマは、尼僧もまた本能に揺れる人間だった。ということであろう。
ラストで衝撃的な結果を迎える一人の尼僧がそれを代表するだろう。平服に着替える彼女が印象的。キャスリーン・バイロンという女優が扮する。美人だ。
黒水仙の題意は途中で判明する。
この作品の後も、イギリス映画の女優陣を代表したデボラ・カーと、ジーン・シモンズ。
二人の初お目見えが楽しい。デボラ・カーの美しいこと。ジーン・シモンズは一寸損な役だが、未だハイティーンの若さ。実に瑞々しい。